-第128回-
経営理念再考(1)
-自由と規律のバランス-

すこし古い映画なのですが、「マトリックス」というSF映画をご存知でしょうか。
1999年に公開されたこの「マトリックス」では最近話題になっている人工知能の世界を背景としています。映画の内容は2199年、人工知能を搭載したコンピュータが支配する世界を描いています。そこでは人間は生まれてすぐ機械が作った人工子宮内に閉じ込められ、AIの延命のためのエネルギー源として使用されます。そして人の脳には「マトリックス」と呼ばれるプログラムが入れられます。このプログラムは、人間に仮想現実を見せ、人間はこのプログラムに基づいて、生涯の間に、仮想現実の世界を生きていくというのが基本的なあらすじです。
映画『マトリックス』において、人工知能に対抗するモーフィアスという人物が登場し人工知能の支配に疑問をもちます。ところが、一派のなかでサイファーという裏切り者がいます。彼は敵方のエージェントと密かに会い、「自分は反乱軍にいるけれど、狭い潜水艦の中でまずいものを食べている。そんなものよりは、夢のなかであっても、うまいジューシーなビフテキを食べたい。俺は、このステーキは存在しないことを知っている。ステーキを口に運ぶと、マトリックスが脳に信号を送ってくる。このステーキはジューシーでおいしいと。9年たって、俺が気づいたことは何だと思う?“知らぬが仏”さ」と話します。「人間の幸せとは何か」。ここでは根源的な問題が問われています。

これは2つの考え方があるように思えます。人工知能に支配されていても幸せと思う生活を選ぶか、あるいは自由を選ぶか。つまり支配されるのは嫌で、自由でありたいという価値観です。この自由という価値観は、徹底的にアメリカ的な価値観かもしれません。ファーウェイに対しいてアメリカは危険だとして対抗していますが、中国人の方への「自分の情報を管理されることに対して恐れはないですか?」というインタビューに対して、「便利になるのなら結構なことです。」と答えている人も多かったわけです。
丸山真男氏はその著書の中で、「自分は自由であると信じている人間はかえって、不断に自分の思考や行動を点検したり吟味したりすることを怠りがちになるために、自分自身の中に巣くう偏見から最も自由でないことがまれではないのです。逆に、自分がとらわれていることを痛切に意識し、自分の偏向性をいつも見つめている者は、何とかして、より自由に物事を認識し判断したいという努力をすることによって相対的に自由になるチャンスに恵まれていることになります。」このように自由に関しても様々な見解がありやはり極端ではなくそのバランスが大事だと思います。

ケネクサというアメリカの人材コンサルタント会社が2012年世界28か国の正社員を対象に行った調査では欧米諸国はもちろん、中東やアジアの国に比べても日本人の積極的関わり方は低く、帰属意識についても受け身で消極的であることが報告されています。日本人は定型的な仕事をしている人の割合が高いこともあるとは思いますし、その根本的な理由は従業員を辞めさせることができないためであろうと推定できます。

しかし、今後人工知能が普及してくると定型の仕事はなくなっていくものと予想されます。そのため、日本の会社も経営理念を再考する時期にあるといえるのではないでしょうか?自由と規律のバランスをとりながら、従業員の自由度を高めながらも、一定の規律を保ち、会社の方向性に向かって共鳴できるような経営理念が必要になってきていると考えられます。次回は真善美という観点で経営理念を見つめてみたいと思います。

NPO法人中野中小企業診断士会 堀川 一