-第138回-
直観と論理思考(1)
-VUCAの中で必要な能力の変化-

みなさんは「VUCA」という言葉をご存知でしょうか?
VUCA(ブーカ)とは、Volatility(変動性・不安定さ)、Uncertainty(不確実性・不確定さ)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性・不明確さ)という4つのキーワードの頭文字から取った言葉で、現代の経営環境を取り巻く状況を表現するキーワードとして使われています。
このような経営環境の中で、以下のように今までに必要であった論理思考にも変化が表れてきています。
・「情報を網羅的に収集してじっくり思考して、ひとつの正解を導いて正確な計画を立てて実行する」⇒「不確実さ・状況の変化を前提に常に情報を収集しながら、その状況、その時点での最善手を打ち続ける」ことに変化
・不確実さを前提とした問題解決、意思決定には、論理思考の「事実の収集」、「演繹的推論」は不向き
・論理思考にはある程度じっくりと思考する時間が必要であるために、状況の変化にも強いと言えない。また、現段階で論理思考は既に広く知られているため、「差別化」が困難
・論理思考に加えて、確実性や合理性を度外視した“大胆な簡略化”や“思考のジャンプ”が必要
すなわち、論理思考だけでは、なかなか変化の激しさについていけないので、論理思考の敵とみなされてきた直観をより取り入れていこうといわれてきています。しかし、以下のように直観は良い面ばかりとはいえません。
(直観が良い面)
・直観が中途半端な論理思考より効率的なことがあること
ある実験では、あまり時間が与えられない中で直観的に選んだ選択肢よりも、多少考えた上で選んだ選択肢の方が「外れ」が多かったとされています。ただし、その後、熟慮を重ねると、最終的には直観と同等か上回る結果。また別の実験では、自分に自信が持てず、中途半端に考えてしまう人ほどストレスがかかりやすく、生産性が落ちてしまうことが指摘されています。
・自分の土地勘がある分野ほど、直観は当たりやすいこと
 例)書店に行って面白そうな書籍、とくにビジネス書を選ぶ際にはかなり直観が有効に働き、パラパラ中身を見ただけでそれなりの結果を得ることが可能になることはよくありますね。
(直観の注意点)
・直観を生存者バイアス(成功者の情報ばかりを集めてしまうバイアス)により過大評価
 多くの書籍や記事で直観が当たったケースがよく紹介されますが、それが外れた例はあまり紹介されません。また、直観の後の熟慮の過程もそれほど紹介されません。そのため、なぜか直観を磨けば成功する確率が上がるといった短絡的な結論を導く可能性があります。
・ベテランで自信がある人ほど選んだ選択肢が外れてしまうという実験結果
 理由としては、なまじ土地勘があるだけに、直感の後の熟慮を怠るからといわれています。また、仮にある程度はロジカルに考えたとしても、いわゆる確証バイアスによって、自分に都合のいい情報のみを集めてしまうという罠の存在が指摘されています。
・直感が往々にして感情やバイアスに左右されやすいという問題
  プロスペクト理論などを提唱し、行動ファイナンスの分野でノーベル経済学賞を獲ったダニエル・カーネマン教授は、著書『ファスト&スロー』の中で、人間には感情的・直観的で「ファスト(早い)」な思考と、論理的で「スロー(遅い)」な思考があるとし、人間の意思決定のメカニズムを説明しました。直観は往々にしてこのファストな感情に左右されがちなため、その後の熟慮がないと往々にして不合理で好ましくない結果を招くとしています。
このように単純に直観だけでよいというわけではなく、論理思考に偏りすぎていた思考を直観力とどうバランスをとるかが問われているのですね。

NPO法人中野中小企業診断士会 堀川 一